MEISSENメモ(74):絵付「シノワズリー」のご紹介

磁器絵付用の顔料(絵具)を開発した天才的な絵付師、ヨハン・グレゴリウス・ヘロルトが確立した
絵付「シノワズリー」をご紹介します。

 

額装プラーク「異国の光景」
(品番:58004/28A020-2A、サイズ:約42×42cm)
東洋への限りない憧れが凝縮した作品。

 
当時のヨーロッパ人にとって、どこにあるかもわからない
神秘的な世界であった中国の生活を描いたのが
「シノワズリー」です。
ヘロルトは17世紀後半に流行していた
旅行文学の銅板画による挿し絵を参考に、
自分たちとは反対の理想化した非現実的象徴として
描いています。
またヘロルトは1724~25年に、「ヘロルト・シノワズリー」の
何千という個々の場面を描いた細密画のスケッチブックを
完成させました。
そのオリジナルは今日ではライプツィヒの工芸博物館に
保管されていますが、マイセンはそれらを複写したものを保管し、
それを手本に描いています。
細密画の分野ではかなりの高度な技術を要するため、
マイセンのマイスターの中でも数人しか
描くことができません。
熟練された技術によってのみ描くことのできる細密画は、わずか3cmに満たないほどの人物像も非常に繊細に描かれています。
「シノワズリー」はヨーロッパ人にとって、ヘロルトが磁器絵画の中に実現させたこの世の幸福のユートピアであり、
現在でも私たちに当時の夢や華やかさと落ち着きを与えてくれる絵付だといえます。
なお、マイセンでは中国人を描いたものを「シノワズリー」と呼び、東洋調の動・植物を描いたものを「インド文様」としています。


世界限定50点
キャニスター「ヘロルトのシノワズリー」

(品番:52890/289884、高さ:14.5cm)
桃源郷で遊ぶ中国人たちが磁器というひとつの小さな世界の中で、驚くほどの広がりをもって描かれています。



世界限定25点
プラーク「ヘロルトのシノワズリー 」
(品番:9M231/289784、サイズ:約30k×43cm)
ユーモラスなドラゴンが空を飛び、人々が楽しく集う様子が描かれています。



世界限定50点、ティードーゼ「シュタットラーによるシノワズリー」(高さ:約11.5cm)
中国から渡ってきた古典的なフォームに、
ヘロルトと並び、18世紀のマイセンで多くのシノワズリーを手がけたエーレンフリート・シュタットラーの絵付を復刻。
世界限定100点、オルゴール「ヘロルトのシノワズリー」(幅:約21cm、高さ:約8cm)
スイスが世界に誇るリュージュ社のオルゴールに描いて、目でも耳でも楽しむことのできる画期的な作品。
世界限定50点、ティーデジュネセット「シノワズリー」
金のアラベスク文様と細密なシノワズリー絵付が繊細極まりないティーデジュネセット。



 

「マイセン リーガロイヤルショップ」からのお知らせ⑦

「マイセン リーガロイヤルショップ」では、皆さまに人気の「マイセンのバラ」を特集しています。

マイセン リーガロイヤルショップ
(ディスプレイ協力:カルトナージュ教室「Atelier Leviosa」)



「マイセンのバラ」はマイセンの花絵付を代表する絵柄のひとつで、ビーダーマイヤー様式(1815-1848 )の時代に誕生しました。
ビーダーマイヤー様式は家庭の平和を希求するもので、バラはそのシンボルとなりました。バラの花言葉「愛情」が示すように、
バラには人々の心を癒し慰める特別な力があるようです。ドイツでも庭に咲く花として、また贈物の花としても愛されています。
ちなみにピンクのバラの「ピンク色」の顔料は茶色をしています。
この美しいピンク色は焼成することによって、はじめてその姿を現します。絵付師たちは焼成後の色合いを頭に描きながら、
茶色の顔料を含んだ絵筆を運びます。「マイセンのバラ」は、長い経験を持つ熟練職人によってのみ描かれています。
 
*「顔料」について
顔料とは磁器絵付用の絵具のことで、染付、上絵付、耐火性、水溶性などに大別されています。
化学者であり絵付師のヨハン・グレゴリウス・ヘロルトが顔料を開発していた時代から、
マイセン磁器製作所内の実験室で調合・精製され、その製法は極秘中の極秘とされています。
この実験室には、マイセンの職員でさえ、立ち入りを厳しく制限されている程です。
 
ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト

ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト(Johann Gregorius Höroldt)
 
1696-1775年。チューリンゲン生まれ。絵付師であり、化学者。
マイセン磁器製作所では、
1720年から56年までと、1763年から65年まで活動しました。
マイセンに入った時は弱冠24歳でしたが、
優秀な化学者で、金属酸化物を主成分とする数え切れない程の
多くの顔料を調合し完成させました。
マイセンの顔料は今日でもヘロルトの書き残したものをもとに
調合されています。
また絵付師としても素晴らしい腕も示し、
「シノワズリー」の世界を作り上げ、
港湾画や風景画、花絵付にも偉大な足跡を残しました。


またショップでは、「マイセンのバラ」に合わせて新作の花瓶「バタフライ」もご紹介していますので、この機会にぜひご覧ください。
 
大阪市北区中之島5-3-68 リーガロイヤルホテル1階
TEL/06-6449-0663
営業時間/10:00~19:00
定休日/毎月第3水曜日
https://www.meissen-jp.com/shoplist/

MEISSENメモ(73):「ベトガー」のご紹介

マイセン磁器の発明者、ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーをご紹介します。
 

ヨハン・フリードリッヒ・ベトガー

 
ヨハン・フリードリッヒ・ベトガー
(Johann Friedrich Böttger)
(1682年2月4日-1719年3月13日)
 
ベトガーは初め薬剤師の教育を受け、
その後錬金術師として注目を集め、
1701年(ベトガー弱冠19歳)からドレスデンなどで活躍し始めました。
その頃にアウグスト強王に見いだされ、
1705年に白い金と称される白磁製法の発明を命じられました。
ベトガーは自然科学者でもあった
エーレンフリート・ワルター・フォン・チルンハウス(1651-1708)の
アドヴァイスを受けながら研究に没頭し、
1709年艱難辛苦の末白磁製法の解明に成功しました。
 
 
そして、1710年ついにヨーロッパ初の硬質磁器窯「マイセン」が誕生しました。
しかしノウハウが他国にもれることを恐れた強王にアルブレヒト城に軟禁され、
やがてベトガーは精神的重圧から酒を飲み過ぎたことや、狭い所でさまざまな薬品を吸い続けたためか、
10年後にわずか37歳の若さでこの世を去りました。
アルブレヒト城には「ベトガーの間」があり、ドレスデンの公園にはベトガーの記念碑が建っています。
マイセンの町に行かれましたら、白磁製法の生みの親であるベトガーの軌跡をぜひ訪ねてみてください。
 
アルブレヒト城の「ベトガーの間」に掲げられた壁画の一部
中央で右手にグラスを、左手にパイプを持っているのがベトガー。
後で窯の火を調節しているのはチルンハウスです。





『ベトガー炻器』について
ベトガーが白磁製法に成功する前に作っていた焼物は、赤茶色をした『炻器』といわれるものでした。
膠塊粘土(こうかいねんど)という鉄を含んだ茶褐色の土で作られます。
白磁製法の発明後も作られていましたが、次第に顧みられなくなりました。
しかし20世紀に入ると、彫塑に適した特性が見直され、再び彫像などの作品が『炻器』で作られるようになりました。
また、その記念碑的な価値から『ベトガー炻器』という名称で呼ばれています。
『炻器』の存在感には白磁と異なる魅力があります。
マイセン磁器製作所で2019年に開催されたベトガーの特別展では、この『炻器』にも焦点があてられました。
 
彫像「漂う父なる神」
(品番:85034/949980、高さ:約54cm)

炻器で作られた彫像/彫像「漂う父なる神」
表現主義のアーティスト、エルンスト・バルラッハが、
1922年に原型を作りました。
創世記にある神の天地創造をモチーフとしています。
20世紀初頭、主にドイツで盛んだった表現主義は
内面など目に見えないものを可視化し芸術作品にしました。
また輪郭を強調するという特徴も本作に現れています。
祝福と創造という身振りが印象的に前面に出ている一方、
身体の曲がり方や漂っている瞬間をとらえた造形が、
この作品をより魅力的なものにしています。
第一次世界大戦の戦場に立ったことから、
反戦を訴えるようになったバルラッハ。
包み込むような神の手に温かさを感じる本作には、
そのような背景も見えてくるようです。
神的なものの中にある人間的なものを見出そうとした
バルラッハならではの作品です。


*マイセンの製品は、マイセンオンラインショップ や、アマゾン「MEISSEN MANUFACTORY SINCE 1710 」
楽天市場「マイセン磁器日本総代理店」 、または、マイセン リーガロイヤルショップ全国主要百貨店 でお求めいただけます。





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